国会事務所にNTT(「日本電信電話会社」)の部長さんが、「遂にご意見の通り実現しました」と報告に来た。「電報」を打つときに、打つ側の電話番号を書き込むようになったという。        

 ケータイやメールが一般的になった今、電報は余り使わなくなったが、実はお祝いや不祝儀、いざのときには依然と重要な通信手段です。私たち政治関係者には冠婚葬祭、祝電、弔電では欠かせない儀礼の手段なのです。電報は貰ってみると分かる、貰うと嬉しいのだが返事が言えない、連絡のしようがないのだ。電話番号さえあれば、直ぐ相手に連絡できるのに。打った側も相手に着いたかどうかは知りたいだろうに。選挙当選の祝電を300通くらい貰ってもお礼の言いようが無い。父親が死んだとき弔電を何百も頂いたがお返しの言いようも無い。       

 14、5年前、意を決して、NTT電報部門を呼んだ、打つ側の電話番号が書いてあればお互いの交流が深まるではないか。NTT側は答える、今までそれを書かせた事がない、個人情報上難しい、事務量が増えるので窓口の職員が嫌がる・・・反対する理由はいくらでも思い付く。かくして私とNTTとの長い闘争が始まった。私は3、4年おきに思い出し、時の社長や役員に訴える、時には監督官庁の郵政省、総務省の大臣にも改善方を伝えたが、回答はいつもノー。私は電報こそ今に残る最も人間的かつ古典的な通信手段なのだが、と独り見果てぬ夢を見ていました。       

 そして今日、NTTが挨拶に来た、「先生には本当に長くご指導頂きました。1番にご報告に来ました」との言葉を添えて。「これは決してNTTのためではないのですよ。試験に合格した時、親を亡くした時、結婚式やお葬式で、お互い喜び、悲しみを分かち合うのは、昔ながらの電報しかないのですよ。」と私は返しました。「たかが『電報』、されど『電報』」。私は今秘かな達成感に浸っているのです。