佐伯啓思(京大名誉教授)    

 ウィルスというものは地球上の生命体の誕生とともにあり、人や動物を「宿主」として生きてきた。人は常にウィルスや各種細菌と共存してきた。この共存のバランスが崩れると人間の身体もダメージを受ける。自立的に自己増殖できないウィルスは、人や動物に寄生して宿主との適当な共存を図るほかなく、毒性が強すぎれば宿主を殺してしまう。宿主はウィルスとの適切なバランスを保つことでウィルスからの攻撃に対する抗体を維持する。ウィルスも細菌も撲滅することは不可能とならば、宿主と寄宿者の微妙な距離感こそが重要となる。     

 人間も決して自己増殖しているわけでない。大気や水を身体に出し入れし、食物を取り入れ、太陽の光を浴び、自然から「気」を得たりもして、心身を維持し生命を養う。人もまた自然環境を宿主とし、自然環境に寄宿して生を営んでいることになる。自然環境とのバランスにおいて成り立っているといえる。地球温暖化で平均気温が1度上がれば人間の生命は脅かされるのは、人間の体温が少し上がればウィルスが死ぬような関係にあるともいえる。     

 人間は自然から可能な限りエネルギーを取り出し、理性や科学によって自然環境を壊して、いわばその宿主である自然環境を破壊することで自らの生存に役立ててきた。細菌を含めた微生物、人間の健康や生命の状態それに自然環境の間に一定の微妙なバランスとエコロジカルな循環が維持されなければ人間の身体も精神もバランスを崩すことになる。     

 コロナ後、人は経済や社会活動をあえて拡張しようとするであろう。人が自らの心身を健康的なものに維持するためには、「自然環境」即ち天から「宿主」として与えられたものと如何にバランスを取っていくかを模索する時代になるであろう。コロナ禍にはこれだけの苦労をさせられている、せめて何かを学ばなければ勿体ない。           

(「西日本新聞」夕刊1月12日)(原田が多少手を加えました)