「内田一朗氏」を見送りました。昭和60年が私の最初の選挙で、内田氏は渡辺美智雄事務所から応援に来てくれた(落選)。爾来選挙のたびに来援し、また平時は渡辺事務所秘書として親身の指導を受けた。大統領がブッシュ(父)の時代だか、渡辺先生が自民党総裁選を目指しておられた時に、2人でアメリカに渡り、多くの人に会った。私が独り立ちした後も交友は続いたが、程なく大病され行動が不自由になった。それでも人の世話はいつも行き届き、私の国会事務所、福岡の選挙事務所にも車椅子で駆け付けてくれた。      

 葬儀には何とか間に合った。司会者に頼んで弔辞(別れの呼び掛け)を許してもらった。「内田さん、貴方が育てた政治家、外交官は皆頑張っていますよ。アメリカもバイデン政権が発足しました。2人であのワシントンの街をうろついたんだよな•••渡辺美智雄先生にもよろしく伝えて下さいね•••」と呼び掛けました。内田さん、安らかに眠れ。