昼間、スタッフと一緒に街宣車、地元回りを汗ダクでやっていた。ケータイが鳴ったところ国会事務所の秘書、「今横須賀に居ります、食事をしているがそばに小泉先生が居られる、今代わります。」と言っていきなり小泉氏が出てこられた。「やあご無沙汰、元気ですね。頑張ってるって聞いています。世の中益々混乱するが、原田さんに期待すること大です。よろしく頼みますよ。」と例の早口。「やあ先生、すっかりご無沙汰しています。先生もいつもお元気そうで。私は相変わらず選挙で苦労ばかりしています。コロナではお互い苦労していますが、先生の処では如何ですか。進次郎君には大変お世話になっております、どうぞよろしく伝えて下さい。」と私。他愛もない7、8分でしたが、2人の間では意は良く通じました。      

 小泉氏とは、実は縁が深い。昭和から平成にかけて、もちろん2人は若い頃、私は神奈川県で衆議院選挙(中選挙区)を闘っていた。直接の相手は小泉氏で、それはそれは激しいもので、私は3回のうち1度だけ受かった。平成7年に小選挙区になって私は福岡から出ることになった。爾来2人は山崎拓先生の仲立ちで打ち解けた。小泉厚生大臣の時には私は「政務次官」に引っ張られ、1年半厚生省で一緒に過ごした。小泉氏が自民党総裁選に出たときは、私は若手代表で全国あちこち応援に走った。      

 進次郎氏は、父親から議員が代わった後1番に挨拶に来てくれた。そして環境大臣では奇しくも、前任後任となった。そして今回の選挙、殊の外厳しくなってきたため私は進次郎氏の応援を特段にお願いすることになった。      

 もちろん純一郎氏とは本当に久しぶりで、ここに電話頂くとは嬉しい限りで、「恩讐を超えて」非常に良い幸先を覚えました。