「坂井英隆」という若い青年が挨拶に来た。10月の佐賀市長選に出るという。現職が引退し、その後を目指す。東大出てしばらく弁護士をした。建設省(国交省)に入り直して15年、今回官僚を辞めて選挙を目指す。41歳。      

 私と関わりは深い。彼の親父「坂井隆憲(たかのり、りゅうけん)」は佐賀県から平成2年、私と同期で衆議院議員となった。早稲田を出て大蔵省、国会では私と不思議と馬が合った。3、4期目の頃、不幸が襲った。政治資金の管理問題から政治問題、刑事事件に発展し、遂には裁判、実刑まで喰らった。一時期は不名誉な大ニュースが国を覆った。     ある時どこかから電話があった。栃木だかの刑務所から、「ようやく出ることになった」という、身体は病んでいた。そして4年前、不遇のまま佐賀で死んだ。寂しい葬式だった。奥さんと息子がいた。     

 その息子は国の役所に勤めていた。時折り飯を食わせたが、しっかりしたものを持っていた。気持ち、私はいつも急げとけしかけていた。