国会も会期末となり、選挙近しで、気ぜわしい。コロナ、コロナで気が重く、しかしワクチン接種が進んでおり、オリンピックもなんとかいけそうだ。そして毎日、新聞の社会面には国会議員の事件記事が止むことはない。     

 多くの国会議員が事件を起こした。全てはカネに絡む。河井夫妻、秋元司、菅原一秀、吉川貴盛、皆悪いことをした。厳しく咎められるのは当然のことだ、結局皆は議員を辞めた。それでも繰り返し、新聞ではこれでもかと顔を晒す。     

 実は、彼らは皆、自民党の議員だった。狭い社会だから、彼らは皆友人だった、いや大方が親友だった。河井克行は私の後の外務委員長、委員会視察でインド、パキスタン、ブータンを一緒に回ったこともある。鋭い感性と、外交センス、アメリカへの人脈作り、将来は本当に洋々としていた。秋元司は環境副大臣を務めた。私の下ではよく働いた。連絡もよく、報告もしっかりしていた。身廻りの活動が活発で、少し落ち着けよと注意したことがある。吉川貴盛は、昔、二階国対委員長の下で一緒に汗した。難しい国会だった。あの劇務の中、病気の奥さんを抱えながら北海道大学だかに通い、遂に修士号を取った。その労を皆で祝った。      

 議員たる者、楽な者はいない。皆んな互いに、叩き上げで上がってきた。地を這い、ドロ水を掬いながら、しかし、人々のために、国のためにひたすら頑張ってきた。議員は邪(よこしま)な気持ちでやれるものではない。いつも溌剌として、地元のことを誇らしく語る。その彼らが今は施錠の中にいる。良かれしと信じたことが法に触れた、故意、悪意が無かったとは言えまい、しかし仕事に没頭してその非に気付かなかった。いつも汗かきながら走っていた、不注意だった、慎重さに欠けていた、しかし決して悪気は無かった、悪気なぞあろうはずも無かった•••       

 彼らは今どん底にある、夢の如き栄光の中から、いきなり汚辱と絶望に堕ちてしまった。悪いことをすれば罪を償う。彼らに言いたい事は山ほどあるだろう、然しそれは言っても無駄だ、誰も聴いてはくれまい。ひたすら悔恨と我慢と孤独の日々を過ごす•••       

 私には何も出来上ない。親友として何か出来ないか、問われても何も出来ない。遠くで君のために泣くしかない。ただ君は若い、この災難の時を乗り越えた処に遥かに逞しい君がそこにいる。成功は苦難の中でしか生まれない、とはチャーチルの言葉、「電力王」と言われる松永安左衛門は答えたという、「大病と破産と逮捕で自分は育てられた」と。こうして育った成功者は、決して少なくない。遠くで君のために泣いている友は、決して少なくないのだ。