わが朝倉市を襲った「北部九州大水害」から丁度4年経つ。昨日は合同慰霊祭が行われたが仕事で参列できず。今日7月5日に私は独りで慰霊の祈りを捧げました。旧杷木町 旧「松末(ますえ)小学校」にて。     

 本当に大変な水害でした。多くの人が亡くなり、人々は離散し、学校も廃校になりました。それでもあそこに豊かで明るい集落があったことは皆が覚えています。この4年、人々は懸命に耐え、努力して、遅々として復旧と復興の歩みを続けてきました。

 私も大いに活動しました。農水大臣や安倍総理も呼んできて、「激甚災害指定」を急がせ、県河川の国への「権限代行」と復旧予算の確保など。少しはお役に立っただろうか。万感の思いで、鎮魂の祈りを捧げました。     

 (なお、今回静岡県熱海市では土石流というもうひとつの大災害を起こしました。天災の発生と、予防、復興という課題に日本中何処の人々も直面しています。)