東京パラリンピックが始まった。We have wings ( 私たちは、空に飛び出す翼を持っている。)。何と誇らしいことか。    

 オリンピックが「クーベルタン男爵」から始まったというのなら、パラリンピックはドイツ人神経外科医ルートビッヒ・グットマン( Ludwig Guttman)の情熱から生まれた。ユダヤの彼はナチスから逃れて英国に渡った。病院には戦争で負傷した兵士たちが次々送られてきた。治療にはスポーツが有効と考えて車椅子バスケットボールや水泳などをリハビリに取り入れて成果を挙げた。一歩進めてスポーツ競技会を開いた。彼は言い放った、「重度障害者でも、その気になれば、スポーツが出来る。」そして「失ったものを嘆くな、残ったものを活かせ。」。会を重ねて国際大会に発展した。    

 日本人にも大恩人がいた。大分県別府市の整形外科医「中村裕」氏、グットマン氏に師事して、「リハビリ」の概念を日本に持ち込んだ。61年、国内初の障害者選手による本格的スポーツ大会を大分県で開催した。これが64年の東京パラリンピックに繋がった。(私は64年東京オリンピックに学生スタッフとして参加したのて、パラリンピックにも引き続き関わったことを、今に誇りにしています。)